Angle! Baby! Cupid!

とあるジャニオタののんびり随想録

息をする―コインロッカー・ベイビーズ 感想

金曜日の夜。花金。
人々は浮かれ、声色は明るい。
千鳥足で歩くサラリーマンもちらほら。
私もその一人だった。




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舞台コインロッカー・ベイビーズを観劇した。
何が一番驚いたかってキクの、河合郁人くんの演技すべてだ。
キリリとした目に反してにこやかな表情、楽しげなオーラ、親近感が湧くジャニオタ発言。
それこそが私が、私たちが知っている「ふみきゅん」。
だが、舞台上にはふみきゅんどころか河合郁人くんはいなかった。
体を貫かれそうな目付き、眉間にはしわが寄り、オールバックの髪型、貧乏揺すりをする足、近付くだけで感電しそうな雰囲気。
そこにいたのは、キクだった。

キクは諸刃の剣。
怒りと涙で打たれた剣。
貧乏揺すりしながら、何かに震えながら刃は欠けていく。
だけどその剣はコインロッカーを壊そうというエネルギーで溢れていた。
段々と狂っていくハシを涙を堪えながらじっと見つめ、何もできない無力感と怒りで震えるキク。
アネモネの歌声を怠そうに聴きながら首筋を掻くキク。
どのキクも魅力的で目が離せなかった。
第一幕最後、キクの叫び声は会場を引き裂いた。
あの叫びは河合郁人自身の訴えだったのかもしれない。
俺は生まれ変わったんだ、と。
カーテンコールが終わり、去っていく郁人くん。
いつもならニコニコと手を振り返してくれる状況だが彼は前を真っ直ぐ客席に目も向けず歩き、そそくさと退場してしまった。
そう、それでいい。
彼は生まれ変わったのだ。
一人の俳優として、一人の人間として。




橋本くんが演じるハシ。
ハシはある場面から急激に狂っていくのだが、その姿は余りにも自然だった。
まるで元から狂人だったかのように。
私は、前から橋本くんはどこか壊れているように感じていた。
それはメンバーや家族を心配させるほどのストイックさかもしれないし、繊細な感性かもしれない。
だからこそハシという役ではなくて橋本くんが狂っていく様に感じた。
目は虚ろ、口は力なく開き、喉に穴が空いたように漏れる呼吸するハシ。
この姿は橋本くんが過去に遭遇した苦しみが具現化しているのかもしれない。
そして終盤でハシは少年院にいるキクに会い、ニヴァを殺す決心をする。
帰り際にニヴァに声をかけるのだがさっきまでの興奮は何処へ行ってしまったのか、素っ気ない。
その切り替えが一層狂っていることを強調させた。
カーテンコールでいつもの笑顔で手を振る彼が見られた。
良かった、彼は、橋本くんは大丈夫だ。
そう思わせてくれた。




アネモネの歌には希望があった。
キクと運命的な出会いをし、夢が叶いそうな予感が歌に乗っていたのであろう。
キクとアネモネがベッドでイチャイチャするシーンには疚しさも見苦しさもなく、むしろ瑞々しかった。
彼女が出てくることによって舞台の現実的で刺々しい雰囲気にファンタジーが加わり暖かくなった。
そして刺激的にもなった。
あとキクが鉄線飛び越えたり、鉄格子の間からキスした後にキャーキャー悶える姿が最高に可愛い。グッジョブ。
血だらけの運転手にも臆することなく、剣のキクを濃厚な愛で包み込む。
強く、激しいアネモネが更に好きになった。




今回5役を演じきった真田くん。
真田くんを生で観るのが初めてで、現れるとつい注目してしまった。
が、それだけが原因ではない。
彼には観客を惹き付ける何かがあった。
それは原作のファンだからこその熱意だったのかもしれない。
導入部の鍵を握る駅員、ハシとキクを助けたタツオ、第一幕クライマックスで現れるキャスター、ダチュラの被害を受けたダイバー、相手の心が読める山根。
原作との違いを把握しつつ舞台とどのようにリンクさせていくか、きっと悩んだろうが真田くんはそれを見事に演じ分けた。
もっと彼を見ていたい、と思える演技であった。




カーテンコールが終わり、バンド演奏を聴きながら私は舞台を見つめていた。
足は震え、フラフラと歩きながら帰路に就いた。
いつも使っている乗り換え駅のはずなのに迷った。
それほど観終わった後の衝撃は凄まじかった。
全身にぶつけられたそのエネルギーは湿気のように重くまとわりついた。
原作を読んだ時もこれまで生きていて一度も感じたことのない脱力感と疲労に襲われたのだが、今回もそれに匹敵した。




たまに息苦しくなる。
休日のスクランブル交差点を歩く時に。
人間関係に。
生きることに。
でも私を、この世界を囲うコインロッカーから逃れる方法も壊す方法も知らないから、呼吸が整うまでじっとしている。
私だってハシが願ったように誰かの役に立ちたい。
キクのように怒りに委ねて叫びたい。
アネモネのように激しく誰かを愛したい。
だから息をする。
今日も生きていく。
その力を舞台コインロッカー・ベイビーズは与えてくれた。


私は、私を閉じ込めるコインロッカーと向き合う。