現実と妄想の間で ー妄想歌謡劇 上を下へのジレッタ
妄想…誰しも一度はしたことがあるだろう。
自分の頭の中で繰り広げられる世界。
自分の頭の中でしか生きることのできない世界。
では、もしその世界を他人に体験させることができたら…?
妄想歌謡劇「上を下へのジレッタ」を観劇した。
これは飽くなき野望を持った、一人の男の物語。
門前市郎は一匹狼。
野望を叶えるためには努力も犠牲を惜しまない。
たとえリエという婚約者を捨てることになっても。
たとえ名声を捨てることになっても。
たとえ協力者を絶食状態にさせても。
そして門前は決して妥協しない。
自分の力を信じてあえて、いや堂々と「天才」を名乗る。
しかし演出家、小説家、エッセイ二スト、評論家と様々な面を持つ門前の知識量は常人には到底真似出来ないものだろう。
その姿勢はまさに「横山裕」そのものであった。
歌うことが苦手だとよく口にしていた横山さん。
2ヶ月という長い間彼はボイストレーニングを行っていたらしい。
その間の努力、葛藤は私たちには分からない。
彼は幕が上がるとすぐ歌い出した。
ステージの中央で歌い踊る横山さん。
インカムをつけた「門前市郎」は不敵な笑みを浮かべながら、黒いスーツをなびかせていた。
その圧倒的な姿に私は魅了されたのであった。
リエがいる世界。
それはかつて門前といた世界。
私たちの住む現実に一番近い世界。
「ジレッタ」に取り憑かれ、野望を忘れ、地位的に上を目指した彼をリエは「平凡な見知らぬ誰か」と呼んだ。
リエは彼の野望を叶えるため一人で戦う姿が好きだったのだ。
そして彼を一人にさせたくなかったのだ。
そんな容姿端麗で完璧なリエが嫉妬して止まなかったのがチエであった。
すべてにおいてリエは勝っているはずなのに門前は不細工で田舎者のチエをパートナーとして選んだ。
それはビジネスパートナー…だけの存在ではなかっただろう。
リエはたった一言、門前に言って欲しかっただけなのだ。
「愛している」と。
ユイカさんの姿はまさにリエ。
誰よりも大人で、でも誰よりも愛を持ったリエを演じたユイカさんは原作から出てきたようだった。
山辺とチエ。
夢見る二人の若者は惹かれ合い、その夢を叶えるため上京した。
その夢が一人の男によってかけ離れたものになっても、二人の純粋な愛は決して壊れることはなかった。
終盤で山辺の大仕事を止めるためにやってきたリエは、チエと門前には肉体関係があることをほのめかした。
山辺には聞こえていなかったようだが、もし聞こえていても彼のチエに対する態度は変わらなかったと思う。
二人が相手を大切にしている思いは尊いものであった。
フィクションを作る立場として現実を生きていた門前。
いつの間にか彼はジレッター他人の妄想ーに生かされていた。
彼が仕掛けた最後の演出は地球滅亡のジレッタを世界中の人々に見させること。
しかしチエを事故で失った山辺はそのジレッタを『現実』にしてしまった。
チエと共に歩むことによって永遠のジレッタを世界に見せたのだ。
自分が誰だったのか、自分の野望は何だったのか忘れてしまった時、門前のいた世界は幕を閉じた。
壊れゆく世界の中に現れた彼と関わりのある人たちは門前に何を伝えたかったのだろう?
閉じていく世界の中で断末魔の叫び声をあげた門前は何を思ったのだろう?
そして門前はいくつもの思考を巡らせながら今日も踊り続けているのだろう。
現実と妄想の間で。
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さて、ここからは雑記になります。
私は原作を読んでから観劇しました。電子書籍のクーポン持ってたんでほぼ100円で上下巻購入。かなり前に連載されていた作品なのでお得に買えました。けどこの世界観よ。今でこそVRなんて言葉がメジャーになったけれど、連載始まった1968年はまだテレビ放送が始まって15年しか経ってないし、民放第一号ができたのもこの年。そんな時期にまるで未来を予想したかのような漫画を描いてしまう手塚治虫ってすごい人なんだなと改めて感じた(小並感)。
パンフレットに劇中歌の歌詞が書かれていることに圧倒的感謝。
横山裕さんの生演技は初めて観たかも。ブルームーンは当たらなかったので。みんな心配していただろう歌もとても上手でした。歌が上手くないと言い続けていた彼がアンサンブル引き連れて堂々と歌う姿に感動。あと黒スーツ最高。
トップアイドルである横山さんが歌う「すべてまやかし すべては虚構」という詩と終盤の台詞「俺の専門はフィクションなんだ」には何故か鳥肌が立った。アイドル(偶像)にこの言葉たちを言わせる惨さ。だけどそれでこそ意味があるわけで。むしろアイドルじゃないとこの言葉たちに説得力が生まれないわけで。
チエのデビュー曲(曲名忘れた)、空腹すぎて歌詞変わっちゃってるけど一番最後の曲「Ave DILETTA」で明らかになるんだよね。とても美しい歌詞。
門前って左目探偵EYEの夢人さんの冷酷さ、ザ・クイズショウの本間さんの傍若無人と野心家、ONの東海林先輩の鋭い目つき…今まで横山さんが演じてきたキャラクター達の集大成だと感じた。まぁ門前はダントツでクズ(特に女性関係)ですけど。
第一幕ラストの曲、「ハロー・ジレッタ」には門前さんの台詞がいくつかあって、その姿勢が完全にシャフ度。あのニヒルな笑顔が忘れられない。
ラストシーン、原作では門前はモブや車や崩れたビルと共に宇宙の藻屑となってdead endなのですが、舞台ではまるで門前のみが地獄に飲み込まれているようでした。これも良かった。横山さん演じる門前の踠いている姿と絶叫、堪らなかったですね。この叫びが聞きたくて舞台観にきたようなものでしたから。門前の最後の台詞は(ニュアンス)「嫌だ。やめろ。俺は行きたくない…。妄想…妄想…。現実…!!!!」もう自分が何処にいるのか分からないんだね。今回入ったお客さんは(もちろん笑いを狙っているシーンで)大声で笑う方が多かったけど、ラストシーン後の鉄柱と「つづく(おしまい)」の看板が吊るされ、ジレッタの超音波が静かに鳴り響く場面は物音や呼吸さえ聞こえなかった。これも横山さんの迫力のおかげかと。あと今更だけど横山さん指めっちゃ綺麗。
劇の構成は割と難解な原作を上手く咀嚼していてテンポも良かったです。これなら原作読まなくても最低限の知識さえ入っていれば楽しめそう。第一幕から第二幕とだんだんシリアスになっていく展開、とても好きでした。
チエは、まぁ所謂おブスなんだけど空腹時のみ美しい姿になるという設定。原作では容赦無くおブスだったからこれ舞台ではどう表現するんだろうな…と思っていたけど全然おブスでした。この役を引き受けてくださったしょこたん様にはギガント感謝。
竹中直人さんの役、胡散臭い大手企業の社長とロン毛白髪のギャングで、その二人足したら完全にミルヒ・ホルスタインだった。*1
ユイカ様結婚してくれ。
私は観に行った舞台を色々な種類に分けているんです。頭空っぽにして楽しむもの(えび座とかイフオア)、ひたすら考えて観るもの(シブヤから遠く離れてとかコインロッカー・ベイビーズ)、おじいちゃんの脳内を覗くもの(ジャニワとかジャニアイ)。今回は2つ目のパターンでしたね。このパターンを観た後はだいたい頭がオーバーヒートして足元フラフラになります笑。その感覚が好きなんだよなぁ。あと頭冷やそうと入った東急前のタリーズのお兄さんイケメンだった。
こんな感じです。やっぱり舞台っていいね。